“悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。” (ローマ 12:21)
I サムエル記 25
ダビデはアビガイルに言った。「きょう、あなたを私に会わせるために送ってくださったイスラエルの神、主がほめたたえられますように。あなたの判断がほめたたえられるように。また、きょう、私が血を流す罪を犯し、私自身の手で復讐しようとしたのをやめさせたあなたに、誉れがあるように。」 ( I サムエル記 25:32)
ダビデは、自分が侮辱されたと思い怒りました。ナバルは確かに自己中心的なひどい人だったでしょう。でも、この件に関しては、ダビデのリクエストを無礼な形で断った以外は特にナバルはひどいことをしたわけではありません。ダビデはナバルのために働いていたわけではいし、ナバルは自分の所有する家畜やしもべたちを偶然にもダビデたちによって守られたことに対する支払いの義務を負っていません。
思慮深く、感謝する心を持っている人ならばともかく、ナバルは残念ながらそういう性格の持ち主ではありませんでした。
ダビデの怒りは、ナバルとその周囲の人たち全員に向けられましたが、アビガイルが賢い判断力全く無い失礼な夫に代わって謝罪を申し入れたことで、その怒りはおさまっていきます。
アビガイルの、冷静で落ち着いた、そして謙虚な姿勢での赦しの懇願がダビデの怒りを収まらせ、夫であるナダルと家の者達全員を救いました。アビガイルの真の美しさが、ダビデの獣のような怒りに打ち勝ったのです。
神様はあなたを、イエスという犠牲のゆえに赦したのです。あなたも怒りを燃やすのではなく、赦すことを命じられています。あなたが赦されたように。獣に打ち勝つために、あなたの内側にある美を選びとりましょう。
ダビデの部下はダビデに言った。「今こそ、主があなたに、『見よ。わたしは、あなたの敵をあなたの手に渡す。彼をあなたのよいと思うようにせよ。』と言われた、その時です。」そこでダビデは立ち上がり、サウルの上着のすそを、こっそり切り取った。 (1サムエル記24:4)
ダビデがアビガイルに言った。「きょう、あなたを私に会わせるために送ってくださったイスラエルの神、主がほめたたえられますように。あなたの判断が、ほめたたえられるように。また、きょう、私が血を流す罪を犯し、私自身の手で復讐しようとしたのをやめさせたあなたに、誉れがあるように。」(1サムエル記25:32)
是非、1サムエル記 22章から26章まで読みましょう。
3度にわたって、ダビデは自分を傷つけた人に対して復讐する機会がありました。しかし、彼はそうしませんでした。
あなたを傷つけた人に仕返しをするチャンスが目の前に現れたら、あなたはどうしますか?
ダビデは、自分に敵対する人にも恵みと赦しを かけることを選びました。それは復讐するのを諦めたのではありません。本物の正義を果たすことができる神様にその判断を手渡したのです。
「良い判断」は無駄な血を流させず、復讐を自分の手に握ってしまうことをやめさせます。それは、自分自身の墓穴から自分を救い出し、怒りと復讐心によって自分自身を死に至らしめる有害な影響から自分を救い出します。そして、「良い判断」は、ああなたを見ている人たちがあなたの憤りや復讐心から毒されることからも守るのです。