10月25日のメッセージセルフチェック


主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。いつまで私は自分のたましいのうちで思い計らなければならのでしょう。 (詩篇 13:1,2)


詩篇 142 / 詩篇 77:1,2.



人生においては、暗い洞窟の中にいたダビデと同じように感じるときがあるでしょう。主に従うと決意したのに、それでも尚、安全な出口の無い暗闇の奥にいる自分。でも安心してください。あなたは一人ぼっちではないし、そのような体験をしているのはあなた一人だけではないのですから。 暗闇の奥で物語は終わらない。それが良い知らせです。素晴らしい時もあれば、興奮する時もあり、そして時には恐怖を感じる時もある。それらは全て、主イエス・キリストと共に歩く人生の一部なのです。


2014年10月25日 メッセージ

「主よ、尋ねたいことがあります。」

10月18日のメッセージセルフチェック


「主は私の味方。私は恐れない。人は、私に何ができよう」(詩編1186
ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエル人の戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って」(Iサムエル174546

今週の聖書個所:Iサムエル 172050

兄たちにとってダビデは、父親に言われて荒野で「わずかの」羊の群れの面倒を見ている、ほんの子供にしか見えなかったかもしれません。しかし彼らは、ダビデと羊飼いの仕事をともにしてきたお方の力を完全に軽視していました
 ダビデがゴリアテの運命その大きな頭がどうなってしまうかを大胆に予測した時、それは若さゆえのごう慢さと勘違いされました。しかし真実はそうではなく、ダビデは約束を果たしてくださる神様の力を深く信じていたのです。
このような信頼は、ダビデの周りにいたほとんどの人たちの心にはありませんでした。神様に対する真の謙虚さは、神様があなたの傍にいると思い描けるほどの大胆な信仰を持つことを伴います。神様の召しを受け、聖霊様によって主の力強い御手があなたの人生に表わされる時あなたはそれを自分自身でやっているとは到底思えないはずです。
神様の考えておられる謙虚さとは、40日間岩の後ろに隠れるのではなく、神様があなたに味方してくださる事を知った上で、主の力強い御手のもと前に進む事を選ぶという事なのです!

2014年10月18日 メッセージ

「神の救いと働き」

10月11日のメッセージセルフチェッック


「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。
ただ、主にそむいてはならない。」(民数記14:7-9)
今週の聖書個所:民数記13:1~14:12/Iペテロ5:5~11

荒野をさまようイスラエルの民が目的地を目の前にした時、万軍の主はモーセにこのように言いました。「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。」
12人が約束の地に行きましたが、そのうちカレブとヨシュアの二人だけが神様に言われた通りにしたのでした。他の10人の男たちは、約束の地を偵察して戻って来た時、彼ら自身の経験、能力、意見や感情に基づいて、そこに行くのが不可能な理由―簡単にいえば、神様の恵みを抜きにした「現実的な」言い訳―を並べたのです。一方カレブとヨシュアは命じられた通りに探りに行き、約束の地が「素晴らしく良い土地」であると知り、さらには、神様の約束(「わたしがイスラエル人に与えようとしている・・・」)が「探りに行け」という命令と結びついていたことを思い出したのです。この2人は、神様の力強い御手が約束を果たすのを見るために出発したくてたまらなかったことでしょう!

神様の命令によって私たちの多くが立ち向かう大きな課題や小さな課題は、私たちを守り、有り余るほどの恵みを与えるという約束と結びついているのです。私たちは、あとどれぐらい約束の地を探る必要があり、そしていつになったら、より多くの言い訳を使って神様に反抗するのをやめるのでしょうか。主の前にへりくだれば、神様の恵みは必ず道を開いて下さるのです!

2014年10月11日 メッセージ

「大胆な謙虚」

10月4日のメッセージセルフチェック


そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。(テモテ2:1)
今週の聖書個所:エペソ6:10、11/Iペテロ5:5~11

ペテロの書いた聖書箇所によると、真の神様の恵みとは、私たちがその中に堅く立つべきものであり、単に「私たちに相応しくない、信仰を通じた救いの賜物」という以上のものなのです。このような恵みはキリストにある生き方の中心であると同時に、イエス様とともに力強く歩むためには不可欠なものでもあります。あなたが神様の御心を追求していく中で、悪魔が邪魔しようとして投げつけてくる全ての障害物を乗り越えるための力を主の恵みは与えてくれるのです。
忘れてはいけません、敵はあなたが神様の御国を広げようとする時必ず妨害します!継続的に神様から恵みを受けることは、あなたが(多くの場合自覚せずに)感じている妨害を日々乗り越えていくために必要なのです。そうすることによって私たちは、たとえ妨害に遭っていたとしても、目の前にある使命を果たすために、生まれつきの能力を上回る力を与えられるのです。イエス・キリストの恵みによって強くなりましょう!そして一人で立ち向かわないで下さい!

2014年10月4日 メッセージ

「その中にしっかりと立つ」

9月27日のメッセージセルフチェック


あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。あなたがたは耕地を開拓せよ。今が、主を求める時だ。ついに、主は来て、正義をあなたがたに注がれる。(ホセア10:12)

ある朝のことです。私が乗っていた電車の扉が開いたと思ったらいきなり反対側のドアに押し付けられてしまい(満員電車はもちろんのこと、早朝からサラリーマンの大きな腹で押されてドアに叩きつけられるなんてごめんです!)、顔をしかめて小声で文句を言っていると、同じような境遇の男性が私の隣で目を閉じて微笑んでいるのに気付きました。
彼は気晴らしのためのイヤホンも、漫画もスマホゲームもなしに、ただ目を閉じて微笑んでいたのです。一体誰だろう?と思いながら、私は彼が祈っているか瞑想をしているのだろうと考え、そしてあることに気づきました。もし私が電車に乗っている間、祈りと瞑想にもっと時間を費やしていれば、私自身とこの世界にとってとてもためになるでしょう。
 そこで私は同じ車両に詰め込まれている人たちの魂のために祈り始めました。
言いかえれば、もっと時間を割いて、私の人生の中の様々な場所をイエス様とともに耕し、手入れするべきだったのです。

あなたの人生のありとあらゆる場所—通勤電車の中、会社、教室、公園、居間、そしてもちろんあなたの心の奥深い所にも、まだ耕されていない庭があるという事に気づいたら、あなたはきっとびっくりするでしょう。
あなたは人生のありとあらゆる場所に正義の種を蒔いているでしょうか?
伝道者の書は、種まきをすることなしには刈り入れの時はやってこないと言っています。主の尽きることのない愛と正義を刈り入れるために、私たちはまず土を掘り正義の種を蒔き始めなくてはならないのです。

2014年9月27日 メッセージ

メッセージ 「あなたの時間を費やす」