事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王の誉れ。(箴言25:2)
今週の聖書個所:ヨハネ18:28‐38/創世記1:26-31
ソロモン王は彼の持つ膨大な知識、富そして業績を誇れるものとは思っていませんでした。彼はイスラエルの王としての地位さえも、称えられる理由と見なしてはいませんでした。しかし興味深い事に、神様の真理を追い求める事は名誉に値する行為と考えていたのです。思考を尽くして主を愛するということは、自ら進んで神様から個人的に答えを求めるという事を伴います。多くの場合、神様の御心を知り、神様から何かを受け取るまでは忍耐や我慢そして根気が必要になります。私たちと神様との関係は、瞬時に投稿がなされるフェイスブックやツイッターのような仕組みに基盤を置いているのではなく、上から生み出される愛に基づいているのです。事を隠すのは神の誉れであり、そしてそれを探すことを許されているという事は神聖な名誉なのです。
あなたの人生の中で、思考全てで神様を追い求める事をやめてしまった部分はどこでしょうか?あきらめないでください。降参したりしないでください。神様はあなたに彼の神秘を明らかにしてくれるはずです!